三岐鉄道

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'74-10-11 近鉄富田
モハ120形 122

'74-10-11 保々
モハ110形 110
(元豊川 33)

'74-10-11 保々
モハ150形 155
(元相模 クハ2512)

'74-10-11 保々
モハ100形 100
(元豊川 81)

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'74-10-11 保々
キハ1形 4

'74-10-11 保々
モハ100形 100(左)
モハ150形 151(右)

'74-10-11 保々
モハ120形 122
(+クハ210形 210)

'74-10-11 保々
モハ120形
(+クハ200形200 (元豊川61))

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'74-10-11 保々
キハ1形 4

'74-10-11 保々
モハ150形 150(左)
ED45形 ED455(右)

'74-10-11 保々
ED45形 ED457

'74-10-11 保々
クハ210形 211
(+モハ200形)




'74-10-11 保々 ED45型 ED457


三岐鉄道は、関西線富田と近鉄富田の2箇所を起点とし、鈴鹿山麓の西藤原まで延びる計27.6kmの路線である。セメントを中心とする貨物輸送を主目的に開業し、将来は岐阜県まで延長する計画で三岐と名付けられ、現在では通勤通学輸送の使命も担っている。

私が訪れた当時は、'56年の電車運行開始時に購入した元買収国電や、'59年の旅客列車完全電車化の際に新造した高性能車モハ120形等が活躍していた。
'31年開業時に新造した気動車の内、キハ4が予備車としてこの訪問直後まで残されていたのが珍しい。

'77年から始まった在来車の置換により西武車に統一されてしまったが、藤原岳麓を行くED45型ELの重連貨物は今なお健在である。