野上電鉄(1)−70年12月

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'70-12-20 日方
モハ24
(元阪神601形 604)

'70-12-20 日方
モハ26
(元阪神701形 710)

'70-12-20 日方
モハ27
(元阪神701形 707)

'70-12-20 日方
モハ51
(元阪神861形 871)

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'70-12-20 野上中〜北山
モハ31
(元阪神1101形 1130)

'70-12-20 野上中〜北山
モハ27+モハ25
(元阪神701形 707+704)

'70-12-20 沖野々〜野上中
モハ23+モハ26
(モハ23:元阪急1形 26)

'70-12-20 野上中
モハ25
(元阪神701形 704)




'70-12-20 重根
モハ31 (元阪神1101形 1130)


(以降の訪問時は下記アルバムをご覧下さい)
"野上電鉄(2)−75年11月"
"野上電鉄(3)−86年10月"

 
 野上電鉄は、紀勢線海南駅近くの日方駅から棕櫚の
 産地である野上を経て、生石高原の登山口駅までを
 結ぶ11.4kmのローカル私鉄であった。
 
 上記に紹介する'70年12月に訪問した時は、モハ23の
 1両を除き全て元阪神小型車の車体流用車に統一
 され、30分ヘッドで寒空の下を走っていた。

 日方駅は国鉄海南駅裏手の判り難い場所に設けられ
 ていたが、全車両がここにある車庫に集結し、懐かしい
 "ミニ阪神" の世界を創っていた。
 日方駅を発車するとすぐに「国鉄連絡口」という珍しい
 構内停留場があったのが、想い出される。

 過疎化のため'73年頃から幾度と無く廃線が計画されて
 きたが、遂に'94年3月に全線廃止となった。