鹿島鉄道(2)−07年2月

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'07-2-14 石岡
左:キハ432/キハ431
右:KR503/キハ601/KR502

'07-2-14 石岡
キハ430形 432
(元加越能 キハ126)

'07-2-14 石岡
キハ600形 602
(元国鉄キハ07形 キハ42504)

'07-2-14 石岡
キハ430形 432/431
(元加越能 キハ126/125)

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'07-2-14 玉里
キハ600形 601
(元国鉄キハ07形 キハ42503)

'07-2-14 常陸小川
DD90形 901
(元国鉄 DD42 1)

'07-2-14 玉造町
キハ714形 714
(元夕張 キハ251)

'07-2-14 鉾田
KR-500形 505




'07-2-14 常陸小川 キハ430形 431
(元加越能 キハ125)


(他の関東鉄道の路線は下記をご覧下さい)
"関東鉄道・常総線"

 
 廃線を一ヵ月後に控えた鹿島鉄道の様子を紹介する。
 鹿島鉄道は、常磐線石岡を起点とし鉾田とを結ぶ非電化
 路線であるが、元々は鹿島神宮への参拝客輸送を目的と
 して建設がされたものの鉾田市街地西端が終端駅となり、
 鹿島臨海鉄道との接続も無く、中途半端な路線であった。
 沿線人口は少なく、観光客も呼び込めないので集客には
 常に苦労して来たが、石岡側では区間運転も多く20〜30
 分ヘッドを誇ったのは見事である。

 車両は廃線時には4形式9両が在籍し、全て両運非貫通
 車であった。新製の軽快気動車KR500形以外は、我が国
 では最古級の貴重な車両群で占められていた。
 
 沿線の多くは田園地帯であるが、霞ヶ浦の北岸に沿って
 走る姿にマニアが集まり、"かしてつ"の名で親しまれた。
 貨物営業廃止後は存続運動が盛んであったが、親会社
 からの支援も打ち切られ、'07年4月に廃線となった。

        
('70年代の様子は下記をご覧下さい)
          
"鹿島鉄道(1)−'70年代"